ピの図書館

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【瞬 第5話 秘密①】

…真梨side……

 

 

 

7月の教室は、いつもよりなんだか騒がしい。夏休みを目前に、みんな浮かれているからかもしれない。

「真ー梨っ! 夏休みどっか行こ!」

暑さを吹き飛ばすような夏菜子の声に、私も朝から爽やかな気分だ。

「ディズニー行こうよ! ディズニー!」

その意見には、麗華も私ももちろん賛成で。

「さて、行き先は決まったし、詳しい予定たてましょうか」

向かい合って計画を練り始めようとしたとき、

「なに、お前らディズニー行くの?」

斜め前の席に座っていた松井克也くんが、くるっと振り向いて口を挟んだ。短髪、野球部。浅黒い肌に、ニッと笑った白い歯が印象的なおちゃらけくん。

「盗み聞き? 人の悪い…」

麗華が淑やかに、それでも若干の不快感を込めて言うと、「まぁまぁ」ととりなす。そして、唐突にこんなことを言い出した。

「あんさ、ぶっちゃけ俺らも計画たててんだよね。どうせなら一緒に行かね?」

「はぁっ!?」

夏菜子が勢い良く立ち上がった。

「ありえない! 無理! 拒否!」

あまりの剣幕に、松井くんは「うぉぉ…」と後ずさる。

「あの、ところで、"俺ら"って?」

私はさっきふと気になったことを訊いた。

「あぁそれはさ、蓮とアリーと俺の3人ってこと」

松井くんはそう答えて、彼の背後に立つ2人を指差す。高野蓮くんと有沢晴輝くんだ。

あぁ…そういうことか。

私は瞬時に悟った。

単なる噂だけど、有沢くんは麗華のことが好きだと聞いたことがある。彼はピアノを弾くのが上手で、麗華と同じように落ち着いた雰囲気をしているから、似た者どうし理解できなくもなかった。

「別にいいんじゃない?」

事情を読み取った私はすぐさまそう答えたけれど、夏菜子はうなだれていた。

「なんで女子3人の貴重なメモリーに介入してくるわけ…」

「トリプルデートっぽくていいじゃん」

「克也、だからあんたは女たらしって呼ばれるんだよ。学級委員のくせに不名誉なあだ名いただいちゃってさ」

夏菜子の言葉に、松井くんは「うるせー」と彼女の頭を小突く。

つくづく思うけれど、この2人が仕切るこのクラス、結構平和だ。

「で、いつ行く? 俺は8月の頭なら空いてるけど」

高野くんが、明るい茶髪を指でくるくると弄りながら訊いた。彼はいわゆる長身イケメンで、たぶん一般コースでは学年一モテている。夏菜子に言わせれば、"顔をちょっと崩した永瀬廉"らしい。永瀬くんのことはよく知らないけど…。年上の彼女がいるとかいないとか噂されたこともあったけれど、私には彼が特定の女の子と付き合うイメージが湧かなかった。

「私は図書当番がない日なら」

「うちもテニス部の合宿がなぁー」

表面上断っているように見えるものの、夏菜子は手帳を取り出して確認している。

「おー、お前予定びっしりなのな」

「勝手に見るなっつーの」

「宮崎は? 予定どうよ?」

「私は…」

珍しく麗華が口ごもった。

「カナダ研修があるわ。8月1日から」

「え、じゃあ行けない系? ってかカナダとか麗華さんお嬢ー!」

「下の名前で呼ばないで。気持ち悪い」

麗華にしては珍しく毒舌だ。

「でも…9日なら行ける」

消えてしまいそうな小さな声。さっきはあんなにワクワクしてたみたいなのに、どうしたんだろう。

「よっしゃ、じゃ9日でオッケー?」

「なんかうまく丸め込まれてる気がするけど、とりあえず9日ね」

「ちょっ水瀬、なんだよその言い方ぁ〜」

思わず、ふふ、と笑うと、

「お前、案外かわいーのな」

松井くんがぽろっと漏らした言葉に、身構える。

「ほら、真梨が引いてる」

「わっマジ!?」

「お前わかりやすすぎ!」

高野くんもふははと笑った。

「アリーも、いいよな?」

「うん、僕は大丈夫」

にこっと幼い笑みを浮かべる有沢くん。背も低くて可愛い顔をしているのに、ピアノを弾くときは全然違う表情になるから、そのギャップにやられる女子は多く。

「じゃ決まりってことで!」

松井くんの一言で、一旦解散。もうすぐチャイムが鳴る。

席に戻って携帯の電源を切ろうと開くと、LINEが1件来ていた。

『今度さ、一緒にテスト勉強しない?』

口頭でも済みそうな会話を、LINEで交わす私たち。

『了解。また書庫で』

龍我くんとの出会いから2ヶ月。

告白されて、付き合い始めて…

まだ全然実感が湧かないけれど、この甘くふわふわした気持ちが恋なんだと、初めて知った。

 

 

 

…龍我side……

 

 

 

携帯を開いて思わず頰が緩んだとき、真上から「何ニヤついてんの」と声がした。

「わっ、なんだよ」

慌てて携帯を閉じると、大昇は「もうすぐ練習始まるよ」と告げた。

「オッケー、了解」

大昇が立ち去ってから、ふーっと楽屋のソファーに身を沈める。

背後。気がつかなかった。見られては…ないよな。

そっと携帯を開く。

隠し通そうと思えば、方法はあった。登録されている彼女の名前を編集すればいいのだ。

"水瀬真梨"ではなく、例えば…

佐藤真梨、とか。

もし見られても、いとこです、と言えば不思議がられない。

しかし、そう変えたとたん、妙に胸が騒いだ。

もともと、"さ"行に登録されているのは、HiHiの作ちゃんはじめ他のJr.メンバー以外だと、全員俺の家族親戚だ。佐藤姓に埋もれるように登録された"真梨"はもはや家族の一員のようで…ってバカか俺は。

結局、"水瀬"に戻して、俺は立ち上がった。ダンス稽古。気持ちを切り替えないと。

 

 

 

稽古の合間は、テレ朝夏祭りSummer Stationの宣伝に動き回る。去年に引き続き、HiHi Jetsと共に応援サポーターを務めることになり、とんでもなく忙しい夏の始まりだ。

セトリと振り付けを繰り返し頭に叩き込み、そのままトイストーリーとのコラボCMの撮影へ。

「ちょっとあんたたちそろそろISLAND TV出して。撮りだめるぐらいの勢いじゃないとネタなくなるわよ?」

菅野さんに一喝され、ついついサボりがちなその存在を思い出す。メンバーが集まらないと撮れないから、短い動画をちょこちょこ撮って数を稼ぐしかない。まぁ、浮所なんかはたまに1人で回してたりするけど。

「これ映画観てないからたいそうなこと言えないよね…」

「今度観に行く?」

「時間ある? 俺らサマステの振りまだ固まってないじゃん」

「明日の稽古後ならレイトショーで観れるんじゃない?」

「もう睡眠時間削るしかないっしょ。うっ…死ぬ…」

「うわーやめろやめろー。期末の勉強全然できねぇ!」

叫びつつどこか楽しそうなメンバー。てんやわんやになりながら、日々は過ぎていく。

 

 

 

「…でね、こうなるんだよ」

書庫で過ごす時間は、俺にとってもうひとつの日常。

「わかった?」

そう小首を傾げた真梨が、可愛くて。

頷くかわりに、キスをした。

「…っ、」

唇を離せば、いつも恥ずかしそうに下を向いてしまう。

「ありがとう。わかりやすかった」

そう言うと、真梨はゆっくり顔を上げた。

「龍我くん…」

濡れた瞳。湿った唇。

俺はペンを置いて顔を近づけた。

鼻と鼻が触れそうになる寸前、

「問題、解いて」

「すいません…」

俺は真梨の指差した問題に目を向けた。出端をくじかれたような気持ちになりながら、数式を書いていく。

「私が教えた問題、ひとつでも間違えたら許さないから」

小さい声で付け足された言葉が怖い。

「でも、正解したらご褒美あげる」

「マジ!?」

俄然やる気が出た。

「龍我くんて単純だね」

「バカにすんなよ? 俺、物覚えは早いほうだから」

真梨は、ふふっと口角を上げて笑った。

「結果、期待してます」

 

 

 

初めの頃よりは、だいぶ打ち解けたように思う。

君の前で、精一杯背伸びした俺。

君はいつも笑ってた。俺の大好きな笑顔で、笑っていてくれた。

ほんの短い、君との時間_。