ピの図書館

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【瞬 第9話 刹那②】

…龍我side……

 

 

 

不思議だね。

大きな決心をしてから、君と過ごす時間が増えた。

苦しい決断だったのに、その理由にあたる人と一緒にいた。

制限時間が短くなるかもしれないのに、一緒にいた。

心の奥にどこか寂しさを抱えながら、それでも俺たちがその時間を苦と思わなかったのは、2人の感情がひとつだったからだ。

ただ、君が好きで。

何度もお互いの気持ちを確かめ合った。

人を愛するということ。

その切なさも儚さも全部かみしめながら、ただひたすらに君を想った。

最後の季節の"その日"まで。

 

 

 

…真梨side……

 

 

 

窓越しに見える夜空には、ぽっかりと月が浮かんでいた。

東京では見られないような、澄んだ空だ。

修学旅行1日目の夜。さっきまで騒いでいた相部屋の子たちもみんな寝てしまい、静かな時間。

一番窓際に敷いた布団には、月光がほの白く降り注いでいる。その明るさもあってか、私ひとり…眠れていなかった。

そういえば、今夜は流星群が見えるって天気予報で言っていたっけ。

ふと、龍我くんのことが頭に浮かんだ。

一般コースから少し離れて、一番後ろで見学ルートをまわるトレイトコース。昼間は会えない。夜ご飯のとき全員が集まる食堂でもさりげなく探してみたけれど、一学年の人数が多いので、見当たらなかった。

今、何してるんだろう…? もう寝てるかな……

そのとき、枕元の携帯が鳴った。

新規LINE、1件。なんと龍我くんからだった。

『もう寝ちゃった?』

その文面に、思わず笑みがこぼれる。龍我くんも同じこと考えていたんだって、それだけで少し嬉しくて。

『まだ起きてるよ』

送信すると、すぐに既読がついた。

『今、出てこれる?』

え、どうしたの?

『会えないかな』

傍にいないのに、顔が熱くなる。

『うん、いいよ。今から行く』

そう返信すると、上着を羽織って私は部屋を出た。

見回りの先生に見つからないようにそろそろと階段を下りて、エントランスでサンダルを履いて外へ出る。涼しい風が頬をなでた。

「…真梨」

常夜灯の下に、龍我くんが立っていた。こっちこっち、と手招きしている。駆け寄ると、かすかに甘い香りがした。

「もう寝ちゃったかと思った」

安心したように笑うので、私も小さく微笑む。

「寝てないよ。緊張で寝られないみたい」

本当は龍我くんのことを考えていたからだなんて、恥ずかしくて言えなかった。

「ところで、なんで?」

すると、龍我くんはボソッと呟いた。

「デートしよっか」

「…え?」

一瞬、思考が止まる。

「ほら」

龍我くんは、サッと私の手をとって、ぐんぐん歩き出す。

手を引かれるまま、ホテルの裏にまわって、わずかに傾斜のある小さな道を行く。

「さっき部屋の窓から外見てたんだけど、あそこからなら景色いいかなって思って」

そして着いたのは、丘の上の開けた場所だった。いつの間にか周りにあった木は途絶え、草原が広がっている。

…こんな所、あったんだ。

「見て、めっちゃ綺麗」

子どもみたいな笑顔を浮かべて、龍我くんは眼下を指差した。

見下ろすと、北海道の夜景が一望できる。さっきまでいたホテルは丘のふもと。

視線をずらすと、ライトアップが一際目立つ白い建物が見えた。

「あれは…時計台かな」

「あー、そうだね。昼見たとき案外ちっちゃくてびっくりした」

「…もしかしてビッグベンみたいなの想像してたの?」

「うわ、バレた。隠し事できませんね、真梨には」

ぎょっとしたように私を見る。素直な人だ。

「でもライトアップされるとやっぱり綺麗だね…」

昼間は札幌の街並みにあんなに溶け込んでいた時計台。時を刻み続けているその動きはずっと変わらないのに、神秘的な光に包まれている今は、なにか特別な景色を見ているように感じる。

キラキラと輝くネオンを見つめながら、私は龍我くんの左手をぎゅっと握った。

「ありがとう。最高のデートだよ」

 

 

 

…龍我side……

 

 

 

2人並んで草原に腰かけた。

涼しい風が吹き抜けて、湿った夜の匂いがツンと鼻先を掠めた。

「むかし読んだ本でね、流れ星にお願い事をするのは、これ以上自分1人の力ではどうしようもないことを叶えたいからだって書いてあったの。できる限りのところまで努力して、後は星の神様に託すんだって…」

真梨は前を見つめながら話していた。そこには暗闇が広がっている。

「でも、星の神様は気まぐれだから、どんなに努力しても叶わないことはあって…流れ星はすぐ消えていっちゃうから…」

そこで真梨の声が途切れた。彼女は膝に顔をうずめている。その背中が小さく震えていた。

俺はそっと手を伸ばして真梨の肩をなでた。

「…お願いしようよ、それでも」

「…え?」

真梨が顔を上げた。

頭上には、満天の星が散らばっている。

そして、その時間がやってきた。

夜空を滑るように尾を引いて、一筋、また一筋と星が流れていく。

「…きれい」

オリオン座流星群。流れるスピードは速いが、そのぶん長く痕跡を残すという。

いつの間にか、真梨は両手を組んで目を閉じていた。

願うことはひとつだった。

叶うはずのない、2人の未来。

「…龍我くんと、ずっと一緒にいられますように」

一縷の望みをかけた願いは、夜空に儚く消えていった……

 

 

 

…真梨side……

 

 

 

翌朝。

「真梨! 朝だよ!」

おぼろげな意識が、ハッと覚めた。朝っぱらからよく通るハイトーンボイス。

薄目で確認した時計は、

「ま…まだ5時じゃん…」

「えー、いつも早起きのくせにぃ〜」

ほっぺをぷにっと摘まれて、仕方なく目を開ける。目の前には夏菜子の顔。他の子たちも、既に全員起きて着替えていた。

「ちょっとみんな…早くない?」

起床時間は6時のはず。まだ寝ていたい気持ちだ。

とはいえいつもなら早起きの私。

眠い目をこすりながら、夜更かししすぎたかな…と昨夜を思い出していた。

 

 

 

2人でそのまま腰かけた草原で、星が流れ始めてから、私たちはしばらく黙ったままだった。

群青色の空を見上げていると、膝を抱えた肩が思わず震えた。

「…寒い? 戻ろうか」

覗き込んだ龍我くんに、私は首を振った。

「うぅん。…まだ、一緒にいたい」

「何それ、その言い方ズルくない?」

照れたような声。

やわらかく笑いながら、龍我くんは自分の膝をたたいた。

「…おいで、真梨」

言われるまま移動して、膝と膝の間に座ると、ふわっと後ろから覆いかぶさる腕。背中から、龍我くんに包み込まれていた。

「可愛い彼女に、風邪ひかせる訳にはいかないんですよ」

耳元で囁く声に、やんわりと体温が上昇する。

「…ね、こっち向いて?」

「ん…?」

顔だけ振り向いたとたん、唇が重なって…すぐにぱっと離れた。

月明かりに照らされた顔がうっとりするほどかっこよくて見つめていたら、2回目が降ってくる。

「……」

3回目は、少しずれてほっぺ。

「…っ…」

4回目は耳の下。

「…龍、」

首筋にうずめた顔が上がる。髪の毛がくすぐったい。

「…ふふ、ごめん」

私をすっぽり抱え込みながら、 龍我くんは呟いた。

「いつか、またこういう所に来ようよ。…今度は2人だけで」

その言葉は、センチメンタルなこの季節だからじゃなかった。

未来の約束。これからどうなるかなんて分からないけれど、このときの言葉を、私は一生、忘れられないんだろう。

ねぇ神様、お願いします。

もう少しだけ、彼の傍にいさせてください。

 

 

 

…志田side……

 

 

 

シグナルを、見つけた。

彼女からのシグナルを。

"助けて"

そのシグナルを。

修学旅行。この修学旅行が、勝負だと思った。

ケイからのメモを握りしめて、うまくいきますように。この道が、どうか正しくありますように。そのことばかり考えた。

3泊4日。見学レポートをまとめたり、友人たちとのお喋りに興じながら、私は彼女からの応答を待っていた。

正しく在るために、彼女の気持ちが必要だった。

「…志田さん」

彼女に話しかけられたら、それは"証"。

「…私、決めたよ」

"助けて"と必死に浮かべていた笑顔。その本当の意味を、私は、ケイは、見抜いた。

彼女の決めた"証"が、どうか正しくありますように。

どうか正しく…良い方向に導いてください。

 

 

 

あの頃の私は…自分を正当化したかっただけかもしれない。学級委員として恥じないよう、正しさだけを意識していた。

…本当は、正しさなんてないのだ。恋愛には。

どんな恋だろうと、好きになったことに罪はない。

恋したことのない私に采配できるような問題ではなかった。

なんで…好きになってしまったの?

愚問だった。

『…守りたくて』

ただそれだけ。

ただ…それだけなんだよ。

冬の風に吹かれながら、責めることも罵ることもしない貴方は、一言そう答えたのだった。