ピの図書館

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【瞬 第9話 刹那①】

…真梨side……

 

 

 

10月。

2学期の中間テストを目前に、私は自室で猛勉強していた。

猛勉強…といったら無言でシャーペンを動かすことを想像するかもしれないけれど、実際は教科書とノートをひたすら音読するだけだ。お姉ちゃんから教わった勉強法。耳で覚える、これが大事。

_ガチャ

「真梨、ご飯よ」

お姉ちゃんが顔を出した。今日は久しぶりにお姉ちゃんお手製の夕飯だ。

「はーい、今行くー」

今まで読んでいた英文を目に焼きつけて、私はリビングに下りた。

テーブルには、パエリアが3皿並んでいる。

「わ、おいしそう」

「そう? 久しぶりで腕がなまってたからおいしいかどうか…」

両親のいない4年間、家事に慣れない私たちを支えてくれたのはお姉ちゃんだった。最初の頃は、お姉ちゃんが全部1人でやってくれていて…それは申し訳なくて、私は料理を必死に覚えた。私を教えてくれたお姉ちゃんだから、おいしくないわけがないのだ。

いつものように、三姉妹で食卓を囲む。

「あ、今日少クラ〜」

沙耶がこうしてテレビを点けるのも、だいぶ慣れた。

「きゃぁぁぁ、那須ーー!!」

音楽番組ともなると、沙耶はうるさい。

お姉ちゃんと私はといえば、ぎゃーすか騒ぐタチではないので、「おぉー」とか「わー」とか感嘆のリアクションのみ…いつもはそうなのに。

パエリアを口に運びながら観ていると、サビのところでいきなり龍我くんの顔がどアップになって、

「っごほっ!!」

むせた。

「え、お姉ちゃん!?」

「真梨? どうしたの」

「ん、うぅん、なんでもない…」

慌ててコップの水を飲む。

慣れてる、はずなんだけどな。

何度も龍我くんを近くで見た。けれど、抱きしめてくれるたびに、キスしてくれるたびに、それらは新鮮な感覚をもって私に迫る。

だからなのかな。いきなり炸裂するアイドルスマイルには、心臓がもたないよ。

「ふふ、」

落ち着いた後に思わずもれた笑いには、沙耶もお姉ちゃんも気づかなかったみたい。

…2人にはまだ秘密の恋だ。

 

 

 

「あー、何これわかんない!」

個室に、夏菜子の声が響いた。

「どれ?」

真っ先に覗き込んだ金指くんが、ぷっと吹き出した。

夏菜子、こんなのもわかんないの?」

「一世うるさい!」

中間テスト対策の勉強会…と称して集まったカラオケ。狭い個室に、夏菜子、麗華、私、そして龍我くんと金指くん。5人でテーブルを囲んで、ドリンク片手に英語の長文問題を解いている。

きっかけは、龍我くんからのメールだった。

『中間テストの勉強会やらない? 夏菜子ちゃんたちも誘ってさ』

夏菜子ちゃん。その呼び方に龍我くんらしさを感じながら、私はふと考えた。

あれから、夏菜子の心中がなんとなく気になっていて、心配ではあった。

でも、いざ仲良くなってみると…これだ。

1学期期末テストでは学年5位だった金指くんにバカにされ、夏菜子が突っ込むという図。しかもお互いに下の名前で呼び捨て。いつの間にそんなに仲良くなったのっていうくらい、見ていて安心する掛け合いだ。

「ごめんねーうちの金指が」

「いやいやいや! プラベでもマジの毒舌家とは思ってなかったよ…」

「さぁ〜て、俺は自分の問題に戻りますね」

「え、毒吐いといて教えてくれないんだ!? うわー、ないわー」

頭を抱える夏菜子を、眉を上げてニヤニヤ笑いながら見ている金指くん。人見知りと聞いたけど、案外そうでもないようだ。まるでむかしからの友達みたい。

「2人とも、ちょっと静かに勉強なさい」

麗華の牽制は、うるさい弟と妹を諌める姉のようで、龍我くんと私は顔を見合わせて苦笑した。

「今回のテストは絶対勝つから」

「受けて立つよ。勝てるもんなら勝ってみな」

勝負始まってるし。

「ま、まぁでもね、これ終わったら修学旅行だし? テストなんてちゃっちゃと終わらせてパーッと楽しんじゃいましょうよ」

ヒートアップした2人をフォローするように、龍我くんが言う。

「あ、もうそんな時期かー」

私たち東城高校2年生の修学旅行先は、北海道だ。秋の北海道。なんとも微妙な季節をチョイスしたものだ。

「ってかスキーできないとかありえないでしょ!」

スケートリンクならあるわよ」

「それは違う! 全面雪景色の大パノラマで本格的にスキーがしたいのよ!」

「まぁまぁ」

そう宥めながらも、これには思うところがあるのか、みんなでうんうんと頷いた。

「2日目は自由行動の日だから、その日にでも行こうよ」

「そうだねー。…あっ、てかトレイトって行くんだね。みんな忙しいから、てっきり行かないものかと」

夏菜子がくるっと顔を向ける。

「一応希望制ってことにはなってる。ま、俺たちは行くけどね」

龍我くんと金指くんが顔を見合わせて頷いた。

「そうなんだ…」

希望制。この言葉を、私は今までも何度か耳にしていた。

トレイトコースは、多々ある学校行事が全て希望制となっている。体育祭も文化祭も、もちろん修学旅行だって、参加は生徒の自由だ。

一般コースとトレイトコース。やっぱり何か、明確なギャップを感じてしまう。

それでも、「なるべく参加するようにはしてる」と言う2人は、案外"高校生"しているのかもしれない。

「この問題解いたらさー、なんか曲歌おうよ。せっかくカラオケ来たんだし勉強だけで終わるのはもったいなくない?」

「え、カラオケになると俺ヘタだよ?」

「あら、意外ね…」

「こないだ大昇とカラオケ対決してたけど普通に負けてたよね」

「バカッ、言うな言うな!」

こうしてみんなで過ごす時間が、とても楽しくて幸せで。

狭い個室は、笑顔で溢れていた。

私の大事な人たち。

この世界が全てだったなら。

龍我くんと私、ずっと一緒にいられるのに。

 

 

 

中間テストが終わった。

3日後、学年掲示板に成績上位者が貼り出された。

1位。入学してからずっと変わらないその数字に、もう驚くことはない。

そして…

「うわぁぁぁぁ!!あと1個!あと1個だった!またバカにされる!」

私の隣で荒ぶる夏菜子、6位。5位は相変わらず金指くん。

「惜しかったわねぇ…」

麗華は4位につけている。

龍我くんは…15位。

今回はみんな頑張っていた。様々な思いを胸に抱いて、私たちは新しいスタートを切った。

 

 

 

…志田side……

 

 

 

「ごめん、俺行けないわ。修学旅行」

生徒会室の隣。いつもの場所で、昼食のパンをかじりながらケイは言った。

ドラマの撮影で、地方に数日間泊まるらしい。

「あ、そう。楽しんできて」

お弁当を広げながら、私はさらりと返した。

ケイの業界人気は並みのレベルではない。"かわいい男の子"から"イケメン男子"へと変貌を遂げた彼は、特に女子中高生からの人気が熱く、仕事が絶えない。それに比べて私は、童顔の低身長。モデルでもない、恋愛ドラマのヒロインなんてもってのほかだ。子役から一緒にやってきたのに、いつの間にか先を越されてしまった。

「なんか…悪いな。美久ひとりに任せてばっかりでごめん」

「ん、別に……」

学級委員をケイと組むと決まったときから、なんとなく予想できていたことだ。今更何を……

頭にふわりとした感触。思わず首をすくめた。

「…良い奴だな」

ケイの手のひらが、私の頭をなでる。良い奴って…

「…ふっ」

「おい笑うなって」

ケイはすぐに手を引っ込めた。

「これ」

そう言って差し出されたのは、小さく折りたたまれたメモだった。

「あいつについて気づいたこと、まとめてみた」

「え…」

メモを開くと、男子とは思えないほど丁寧な字が、ずらりと並んでいた。

「俺からのアドバイスだと思えよ…って何お前泣きそうになってんの! えっどうしたの!?」

「…なんでもないし…っ」

幼なじみを前に、強がりな照れ隠しのセリフが出る。

「…でも、うん…ありがとう」

そう言うと、ケイはニッと笑った。

 

 

 

『修学旅行のとき、お守りにして持ってけよ』

彼はそう言った。

"橘について気になったこと"

彼なりに考えていてくれたのだ。忙しい日々のなかで、クラスのことを考えていてくれたのだ。

ケイ、ありがとう。

撮影があるから、とケイが帰った後、ひとり残された部屋でメモを読み進める。

…その目は、最後の行で止まった。

私はメモを折りたたみ、そっとポケットにしまう。

やっぱり私より、ケイのほうが観察力があるのだ。そして彼はいつも正しい。

その丁寧な字は、抱いてはならない感情の存在を告げていた。"彼女"のなかに、感情が渦巻いていることを告げていた。

 

 

 

「橘さん?」

彼女は振り向いた。人好きのする笑みを浮かべて。そのまま雑誌の表紙になりそうな笑顔で。

「なに? 志田さん」

その笑顔を見つめ、その声を聞いて…

ごめんね…橘さん。

私は私の思った道を行く。

クラスのみんなを守るために。

私はゆっくりと彼女に近づいた。