【瞬 エピローグ】
…龍我side……
暖かい風が桜を揺らす春。
太陽が照りつける暑い夏。
木の葉が美しく色づく秋。
雪降る夜に誰かを想う冬。
また新しい芽が吹いて。
そうして季節は繰り返される。
高校を卒業してから、俺は大学へは行かず、仕事に専念することにした。
というのも…
『ジャニーズJr.ユニット、堂々CDデビュー!』
6人で歩んできた道に、ひとつの区切りがついたからだ。
必ずしも努力が報われるとは限らない厳しい世界。そのなかで輝ける場が与えられていることに、日々感謝することは忘れない。
仕事の幅は広がり、学生の頃と比べものになないくらいにその量は増えた。
時間を忘れてしまうほど忙しい日々…
気づいたら、ハタチを超え…
「5周年おめでとう! かんぱーい!」
俺は22歳。"美 少年"は、デビュー5年目を迎えた。
「いやぁ〜久しぶりだね! こうしてメンバー全員で飲むのは!」
ほろ酔い気味の大昇が、招き猫みたいに目を細める。
「みんなプレゼント交換は何持ってきたの?」
「何その謎のクリスマス制度。まだ5月ですけど」
「え、金指持ってきてないの!? グルチャで言ったじゃん5周年は盛大に祝おうって」
「と焦らせつつ…実はルンバがここにありまーす!!」
「ルンバぁ!?」
真向かいに座っていた浮所がブハッと吹き出した。
「ちょっ、ルンバとか持ってくんなよ金指!」
「いやそれ持ってきたの俺! 金指じゃなくて俺!」
「そう! 大昇!」
「金指、飲みすぎちゃって、ぐでんぐでん。へへっ」
「いや大昇お前もなかなか酔っ払ってるからね!?」
「いやマジ一世がこうなったの那須のせいだかんね」
「ちょっと待ってなんでそうなるのぉ〜!」
これは相当できあがっている。落ち着いているのは藤井くんと俺だけだ。
あー…やれやれ。
失笑しながら、バッグからメモ帳を取り出す。数年前に作詞を始めてからネタ帳として使っているそれに、ペンをさらっと走らせた。
「あれ龍我やけに静かじゃん? どうしたの」
「いや何でも〜!…じゃあプレゼント交換大会、いっきまーす!」
「イェーーーーイ!!」
男6人の歓声が、居酒屋の個室に響いた。
「…さて、まとめますか」
ひとりの部屋で呟いて、メモ帳を広げる。
黒いペンケースをカチャリと開けて、万年筆を取り出した。
歌詞を書くときにしか使わないそれを握るとき、いつも不思議と頭が冴えて、気が引き締まる。
…真梨が傍にいるような気がして。
先日マネージャーから依頼されたのは、"仲間"をテーマにした曲の作詞だった。
さっきまでの飲み会もとい"美 少年デビュー5周年おめでとう会"で生まれた数々の名言(迷言)を見返しながら、万年筆を滑らせようとしたそのとき。
「…あ」
鋭いペン先はその役割を終えて、スッと紙をかすった。
…インクがなくなったのは、初めてだった。
詰め替えのインクは、ずっと前に既に買ってある。使用頻度の少ない万年筆に長らく放置しっぱなしだったそれを出してから、万年筆の胴体の軸部分をくるくる回した、そのときだった。
_カサリ
何かが擦れる音が聞こえた。
胴体が2つに分かれた万年筆。
そのカートリッジに、1枚の紙が巻きつけられていた。
『今、幸せですか?』
紙をそっと…開いた指が震えだした。
条件反射のように目頭に集まった熱。ぼやけていく文字。
「真梨……」
久しぶりに口にしたその名が、その人が、頭のなかによみがえってくる。
なぁ…これはないよ……
"龍我くんへ"
あのカードに、続きがあったなんて。
こんなに時間が経ってから…それに気づかせるなんて。
甘くて儚くて、瞬く間の2人だったけれど、何よりも幸せな時間だった…6年前。
君は今もあの頃のまま、変わらず俺の胸のなかにいる。
「龍我ったら、ほんとわっかりやすいんだから」
向かいに座る金指が呆れた声を漏らした。
「すいませ〜ん、ビール1本追加で」
その可愛い口からは想像できないようなワードが飛び出す。
やがて運ばれてきたビールを、俺は勢いよく開けて無言で注ぎ一気に呷った。その後に、ゆっくりと注いで口をつける金指。
「…真梨ちゃんのこと、気になるの?」
訊くなよ、そんな…こと。
答えなんてわかってるくせに。
そのまっすぐな視線から目を逸らしてジョッキを掴んだ手は、彼によって止められた。
「龍我、これ」
金指は小さなメモをテーブルの上に滑らせた。
そのメモに書かれているものを見たとき、直感が心臓を緩く鳴らすのがわかった。
「俺この後用事あるから。…もうそのへんにしときなよ」
自分でオーダーしたくせに例によってお勘定を俺に任せるあたり金指らしい。
けれど、二言目が指しているのはビールだけじゃないような、そんな気がした。
…金指side……
手のひらに握りしめていた選択肢を、龍我に渡してしまった。
酔った勢い…じゃない。龍我といるとき、俺は酔わないようにしているから。
『…一世』
やんちゃな"姉"から、手紙が来たときはびっくりしたけど。
一度は捨てられたはずの…連絡先。そのなかに、高2の俺は住所を登録していた。
覚えていたのだ、彼女…夏菜子は。
いずれ"その日"が来ると信じて。
俺なりに考えた。
お互いに社会人。俺たちはもう立派な大人だ。
あの頃よりずっと酸いも甘いも知って、噛み分けてるつもりではある。
だからこそ…だと思った。
龍我が万年筆に隠されたメッセージを見つけたとき、そのときが来たんだと直感した。
2人の再会するときが。
『もう…いいんじゃないかな』
久しぶりに会った日、ためらいながらもその場所を伝えてくれた彼女。
彼女はずっと、タイミングをはかっていたんだと…そのとき、知った。
並んだ2人の笑顔が見たいと、俺たちはずっと望んでいたんだから。
あれからもう6年も経ったんだ。
澄んだ夜空を見上げた。
神様は、許してくれるはずだ。
俺が、2度目のキューピッドになっても。
…真梨side……
初夏。
木漏れ日が射す窓際のカウンター。
綺麗にカットしたカーネーションの花瓶をそっと置いた。
たくさんの本の匂いに混じって、すん、と淑やかな香りがする。
心が落ち着く、大好きな時間。
22歳。大学を卒業した後、私は司書として、この図書館で働き始めた。
忙しい都心から少し外れた、緑溢れる静かな図書館。
人があまりいないうちに、新刊本の配架作業に取り掛かる。自分の仕事を早く片付けてしまおうとするのは、学生の頃からの癖かもしれない。
本棚の一番低い段に最後の本を入れ、立ち上がったときだった。
私の耳は、ほんの小さな音をとらえた。
…誰かが歩いてくる。
私は口元を手で覆った。
…あぁ、この足音を、私はどこかで……
記憶の扉が叩かれたと同時に、すぐ後ろで止まった…足音。
「…すみません、本を探しているのですが」
その声が鼓膜を震わせた。
私はゆっくりと振り向いた……
【瞬 〜完〜】
⇒番外編に続く