ピの図書館

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【瞬 番外編②あの日、君は。】

夏菜子side……

 

 

 

"真梨へ"

思えばそれは、初めて書いた手紙だった。

『友人代表のスピーチをしてもらいたくて…』

頼まれたとき、あぁ、そうだ、と思いついた。

あたしは語り部になろう。

この"奇跡"の語り部に。

国語の苦手なあたしが唯一、すらすらと綴ることのできた物語。

これは、2人の再会…その裏側のお話。

 

 

 

_

 

 

 

大学を卒業した後、あたしは小さい頃からの夢だった服飾デザインの仕事に就いた。

その初仕事で、"偶然"はやってきた。

「佐伯ちゃん、ちょっと」

昼休み、上司である先輩デザイナーに呼び出された会議室で、唐突に言い渡された"御依頼"。

「コンサートの衣装を作ってほしいの」

先輩は資料を差し出した。丁寧にファイリングされたその表紙に目を向けたとき、一瞬思考が止まった。

 


『美 少年ライブツアー"Cosmic Melody"衣装製作の御願い』

 


「今年から、うちの部署の新しいクライアントにジャニーズ事務所が入ってくれたことは知ってるわよね? 佐伯ちゃんには、その担当になってほしい」

…心臓が鼓動を鳴らした。

芋づる式に浮かんでくる、6年前の思い出。

「もちろん、初仕事で厳しいことはわかってる。これが大きなヤマだってことも。けれど、私はあなたの才能に期待してるから…あえてこういう仕事を、任せてみたいのよ」

そういうことじゃない。

この緊張は、そういうことじゃない。

なんという偶然…

それはまるで、2人が出会ったときのように、突然舞い込んできた思いがけない仕事だった。

「もし嫌なら、他の人に任せてもいいんだけど…」

呆然として返事もできないあたしに、先輩はそう言った。けれどその口調には、自惚れじゃなく、切実な願いがあるように聞こえた。

"佐伯ちゃんにやってほしい"

あたしは目を閉じた。

大切なのは、自分がどうしたいか。

自分の気持ちに素直になること。

私の気持ちは……

「どう?」

顔を覗きこまれると、答えはひとつしかなくなった。

「やります。あたしにやらせてください」

 

 

 

机の周りに、クシャクシャに丸めた紙が散らばっている。

あたしは思わず溜息をついた。

やりますと引き受けたはいいものの、なかなかデザインが思いつかない。

初仕事、そして"美 少年"の衣装という緊張感。

あーでもないこーでもないと考え続けていたら、真夜中になってしまった。

疲れた頭を癒すためにホットミルクを飲むと、ふとテレビの下のDVDラックが目に入る。

"美 少年"がデビューして5年。彼らのライブや今までの出演番組を焼いたDVDがずらっと並べられたそのスペース。

あたしは今でも、"美 少年"のファンだった。アイドルとしての彼らを追い続けてきた。

ラックに手を伸ばす。

久しぶりに、観てみようかな……

ジャニーズJr.時代のザ少年倶楽部。初登場のとき、龍我はまだ13歳だった。幼い顔に、衣装はちょっと大きめ。仕事柄、自然とそこに目が行く。

16歳。真梨と出会った頃の少クラ。そうだ、この回の収録…真梨と麗華とあたしの3人で観に行ったんだっけ。この曲で龍我はセンターに立ち、"美 少年"を立派に牽引していた。

そして、今…

高校を卒業してすぐ、デビューが決まった"美 少年"。歌唱力もダンスもメキメキと実力をのばして、ドラマや映画で新人賞をとるほど俳優としても活躍している。

出会った頃より…ずっと遠い位置で、彼は輝き続けている。

…あぁ、なぜだろう。

テレビの画面がぼやけて、あたしは思わず口を手で押さえた。

…会いたい。

2人に会いたい。

…龍我と真梨に。

 

 

 

DVDは再生を終え、黒い画面を映していた。

あたしは立ち上がった。机の引き出しを開けて、"それ"を取り出した。

直感で動こうとするのは、むかしからの癖だ。学生の頃はその性格で失敗することもあった。でも今となっては、それだけが頼りだった。

彼がまだ実家暮らし…かどうかはわからないけれど、息子に届いた手紙を渡さない親はいないだろう。

小さなメモには、住所が書かれていた。

それは17歳のあたしが賭けた、最後の望みだった。

 

 

 

『久しぶり。今度、会えませんか?』

 

 

 

返事がくることは期待していなかった。彼の気持ちが変わっていれば、あたしからの一方的な手紙は無視することだってできる。

けれど彼は来てくれた。初夏だというのにキャップを目深にかぶって、サングラスにマスクという出で立ちで。

「…夏菜子。久しぶり」

その声には聞き覚えがあった。

「……一世」

夜遅くの喫茶店

6年ぶりに会う彼は、あの頃より格段に大人びていた。

「なんで俺の住所を…?」

席に座った瞬間、訝しげに訊いてくる。

「連絡先に登録してあったんだよ」

6年前。それまでアイドルとしての姿しか見たことのなかったあたしは、真梨に紹介されて初めて、彼…金指一世と、佐藤龍我と対面した。

図書館書庫で連絡先を交換したときは、ひたすら舞い上がっていて気づかなかった。連絡先に隠されるように添付されたプロフィールのなかに、彼が登録していた実家の住所。離ればなれになってから気づいた。

「へぇ…すっかり忘れてた」

事の顛末を話すと、一世は懐かしそうに目を細めた。

「あのとき…先生に、連絡先を消せって言われて」

うん、と相槌をうつ彼。

「でも、何かあったときのために…って思って、書き留めておいたの。一世の住所」

連絡先は変わっても、実家の住所は変わらない。そう思って、17歳のあたしは唯一の手がかりを残した。"いつか"のために。

「じゃあ、見えないところで繋がってた…ってことか」

一世の言葉に、あたしは頷いた。

繋がっていたかったのは、誰よりも自分自身だった。

なんでだろう。アイドルとの距離を縮めたままでいたいという不純な願望ではないと、今ならはっきりと言い切れる。だってそれは明らかに…

夏菜子。あのね…」

一世が息を吐き、ぽつりと漏らした。

「龍我が、会いたがってる」

気持ちは同じだった。

…明らかに、並んだ2人の笑顔が見たいと…そう願う気持ちは、一世と同じだった。

「もう…いいんじゃないかな」

あたしは小さく折りたたんだメモを渡した。

真梨の職場を記したメモを。

誰よりも、奇跡を願っていた。

「…ありがとう」

一世はそれを受け取った。

お互いの気持ちを確かめた今、もう話すことはない。そう思い、立ち上がりかけた…そのとき。

夏菜子は夏菜子らしいデザインを描くといいよ」

唐突に、一世はそう言った。

「え…?」

「マネージャーから聞いたよ。今度のツアーの衣装、夏菜子がデザインしてくれるんだってね」

「あ……」

「楽しみにしてる。俺らのこと、一番知ってるのは夏菜子だから」

そんな言葉を残して、一世は「じゃあ」と小さく手を振った。

「うん、じゃあね」

去っていく背中に"ありがとう"と呟いて、席に戻る。

あたしらしいデザインか……

ふとテーブルを見ると、細長い封筒が置きっぱなしになっていた。

「…いっ…」

その名前を呼びかけて、慌てて口を噤んだ。まだ人のいる喫茶店、リスクが高すぎる。

それに、もう彼の姿は見えない。相手が誰だろうと、去るときは突風のようにいなくなる。そういうところは6年経っても変わっていない。

「てか、何これ……」

一世が忘れ物なんて珍しい。封筒をヒラヒラと振ると、はらりと何かが滑り落ちた。

糊づけしときなさいよ…まったく。

かがんで拾い上げたとき、思わず指先が震えた。

『美 少年 Live Tour "Cosmic Melody"』

それは…チケットだった。

おそるおそる裏返すと、

"夏菜子へ"

一世の字……

彼らしくカッチリと丁寧に書かれたその字が、ふいにぼやけていく。

なに似合わないことしてんのよ……

チケットはあと2枚入っていた。それぞれに、"真梨ちゃんへ" "麗華ちゃんへ"と書かれている。

もう…行くしかないじゃない……こんなこと書かれたら。

あたしの逃げ場はない。逃げるつもりもない。

帰宅したあたしは、そのまま机に向かった。

散らばったゴミを捨てて、まっさらな1枚の紙に向き合う。

もう何度聴いたかしれないCDを再びプレイヤーにかけた。

美 少年ニューアルバム"Cosmic Melody"。聴き慣れた懐かしい曲を筆頭に、新しく収録した曲、6人それぞれの初ソロ曲も含まれた、ファーストアルバム。これが今の彼らの姿だ。

ペン1本で描く世界観。

『一番知ってるのは夏菜子だから…』

激励の言葉を糧に、思いのままペンをはしらせる。

…それは、明け方に完成した。

 

 

 

1ヶ月後、待ち望んでいた"奇跡"が起きた。

龍我と真梨が、再会した。

それを聞いたとき、あたしたちは飛び上がって喜んだ。

そしてあたしは、自分が衣装をデザインした"美 少年"のライブに、真梨と麗華と行くことができた。

…真梨は泣いていた。感動の涙を流しながら、ステージの上の龍我を見つめていた。

「ありがとう…本当にありがとう……」

麗華と慰めながら、あたしは思っていた。

2人は"運命"だったのだと。

 

 

 

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「今でも信じてるんです。2人は出会うべくして出会ったんだって」

手紙の向こうで、真梨は龍我と顔を見合わせて照れたように笑った。

真梨は淡い赤のドレス、龍我は白いタキシードを着て、2人並んで座っている。

式の後の披露宴。友人代表としてのあたしのスピーチは、用意された数分間じゃ収まらなくて、ギリギリまで時間を引き延ばしてもらった。語り尽くせないほどのエピソードに、招待客はときに笑い、ときに涙しながら、耳を傾けてくれている。

手紙を読みながら、あたしは思い返していた。

再会から4年。

あたしたちは、27歳になった。

『結婚…することになったの』

そう打ち明けた真梨の笑顔は最高に可愛くて、幸せそうだった。

ここに至るまで、紆余曲折はもちろんあった。

週刊誌に撮られるリスクとストレス。結婚発表後、一部のファンから心ないバッシングを受けたことだって、一度や二度ではない。

不安定な日々のなかで、それでも2人が離れなかったのは、お互いを本当に大切に思っていたから……

交際している間、真梨は軽率な行動を一切しなかったし、龍我も完全に彼女のことを隠し通した。SNSの普及したこの時代に、2人の情報は全く外部に漏れなかった。

きっと高校の頃に一度経験した別れが、彼らを大人として成長させたのだろう。

支え合い、乗り越えてきた2人だから、あたしは確信をもって言える。

「2人なら、幸せになれる」

 

 

 

学生の頃は気恥ずかしくて、なかなか言えなかったこと。今このときなら、このときだからこそ、ちゃんと伝えたいことがある。

「…真梨」

まっすぐに、あなたを見つめた。

幼馴染、そして一番の親友へ。

「あたしは真梨が大好きです。ずっとずっと大好きです」

真梨が微笑んだ。あたしの大好きな笑顔で。

「結婚、おめでとう。末永く幸せでいてね」

 

 

 

今日は門出の日。

愛する人と結ばれて…

あなたは今日、世界一幸せな花嫁になった。