ピの図書館

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【瞬 第7話 告白③】

夏菜子side……

 

 

 

文化祭3日前。

カナヅチの音や話し合いの白熱した声が響く教室。

ちなみに東城高校では、文化祭までの1週間、授業がなくなる。最後の追い込みに、クラスメートはみんな力を入れていた。

うちのクラスの出し物はカフェ。

でも、ただのカフェじゃつまらないから、ちょっと大人目線のオシャレなカフェにしようということになった。

それで決まった店名は、"pianissimo(ピアニシモ)"。なかなかシックな名前だと思う。

カフェを作るにあたって、クラスを3つのグループに分けた。看板作りなどの力仕事担当のインテリアチーム。ウェイター服を作る衣装チーム、メニューを考案するメニューチーム。

あたしは学級委員として、クラス内を見回りながら声をかける。

「衣装どのくらい進んだ?」

「あ、あとは細かい装飾かな。スパンコールつけたら完成だよ」

「了解。インテリアは?」

「これから看板のニス塗りするー」

「おっけー」

各チームの進行状況をノートにまとめていく。さすがに3日前というだけあって、カフェの全体像がだいぶ見えてきた。

よし、あとはメニューチーム。

「克也、頼むね」

「はいよー」

インテリアチームのヘルプに入っている克也に教室の監督を任せ、調理室へ向かう。

衣装チームが使うミシンは教室に持ち込むことができたけど、ガスコンロは持ち込めないから、メニューチームだけは調理室を借りて作業している。

_ガラガラ

ドアを開けたとたん、甘い匂い……

「わっ、すご!」

調理室は、すっかりお菓子の国状態になっていた。カフェをやるクラスはやはり多いのか、数十人でごった返している。

そのなかでも…

「すごーい! 水瀬さん」

「そんなのも作れるの?」

他クラス含め多数の女子に囲まれているのは、真梨だった。

「あ、ありがとう」

はにかみながら答えている。

「真梨!」

呼びかけると、少しホッとしたようにあたしを見た。

「今、試作品のアップルパイが完成したところなんだけど…味見してみて」

一口大に切ったそれを、パクッと食べてみる。

「う…うわ、おいしーっ!!」

レシピブックにでも載っていそうなほど完璧な見た目と味に、思わず目を見開いた。

「もー、こんなに上手いんだったら真梨ちゃん調理部入ってよー」

同じメニューチームで調理部の子が言う。

「ほんとほんと。真梨の腕に適う子は滅多にいないよ」

「いや、そんなことは…」

照れくさそうに首をすくめる真梨。どうやらうちのクラスのメニューは完璧のようだ。

「私ちょっと追加の材料持ってくるね」

アップルパイの他にも、出すメニューはたくさんある。調理室の冷蔵庫じゃ収まりきらなくて、臨時で借りているカフェテリアの大冷蔵庫に、材料を取りに行くらしい。

「じゃああたしもついてくー」

あたしも教室に戻らなくちゃいけないから、真梨と一緒に調理室を出た。

「…にしても夏菜子にしては珍しくまとめてるのね」

真梨があたしの持っているノートを覗き込む。

「学級委員だからね」

へへんと胸を張って答えると、真梨はふわっと笑った。

「…ねぇ、今年は龍我来るかな?」

期待を込めた小声。

実は、結構楽しみにしてたりするんだ。お忍びで、うちのクラスに来たりしないかなぁって。

真梨は苦笑いしていた。

「…去年来なかったから、今年も来ないんじゃない?」

「そっかなぁ…やっぱ無理か……」

あからさまにシュンとしたあたしを見て、真梨は慌てたように、

「いや、でも、来るかも…もしかしたら来るかもよ?」

このフォローに、パッと心が晴れちゃう、あたしって単純だ。

「ほんと、夏菜子ってわかりやすいよね」

あははと笑う真梨の、笑顔の裏の感情を、このとき知っていたら。

…知っていたら。

 

 

 

…真梨side……

 

 

 

_ガラガラ

「おはよう、真梨」

書庫のドアを開けたとたん、大好きな人の笑顔が出迎えてくれる幸せ。

「おはよう」

龍我くんは、必ずといっていいほど私より早く学校へ来てここにいる。前に、忙しいのによく早起きできるねって言ったとき、『真梨に早く会いたいって思ったら早起きできるようになったんだよ』なんて笑ってたっけ。

「ん、なにそれ?」

ふと彼は、私の手提げを指差す。

「あ、これはね…文化祭の衣装」

「衣装?」

「うん。私のクラス、カフェやるの。大人っぽいメイド風の衣装なんだよ」

「メ、メイド!?」

なぜか目を白黒させて、龍我くんは慌てたように手提げから衣装を取り出した。白と黒のフリルワンピ。ファサッと広げて、まじまじと見つめている。

「これ、着るの…?」

その問いに頷く。なんか耳が赤いけど、どうしたのかな。

何を考えているのか、龍我くんはぱちぱちと瞬きをして、衣装を差し出した。

「あの、さ……」

「なに?」

「…着てみてよ、これ」

目を逸らして、彼は言った。

「…え、今?」

「そう、今…」

ボソッと聞こえた声。心臓がキュッとすぼんだ。

 

 

 

…龍我side……

 

 

 

しばらくして本棚の後ろから現れた真梨を見て、

「……可愛い」

素直な感想がもれた。

「え、あ、ありがと…なんか、普段こういうの着ないから似合うかどうか…」

正直、似合う似合わないどころのさわぎじゃなかった。

真梨を初めて抱きしめたとき、その体の細さに驚いたことを思い出す。身長は低いほうなのにスタイルが良いから、こういう衣装を着ても違和感が全くない。

いや、それにしても、普段は制服で隠されている部分の露出が……あんま、人に見せたくないな…って俺は何を考えてるんだ。

「あんまり、見ないで…」

真梨は恥ずかしそうに両腕を体の前で組む。

あ…やばい、なに、この感情。

胸の奥でざわざわとさざ波が立って、体がむず痒くなって、どうしようもなく抱きしめたくなって。

腕を掴んでグイッと引き寄せた。

ふわりとしたパニエが太ももに触れて、ぞくっとした。

真梨は一瞬だけびっくりしたように体を震わせたけど、それからはすっぽりと収まっている。

頬に手をあてると、かすかに潤んだような瞳が合う。

ねぇ、なんで落ち着いていられるの。なんでそんな目で見るの。

深淵を思わせる、少し開いた唇の隙間。何かを待っているように見えるのは、俺の気のせいだとは思いたくない。

変なプライドがあった。生まれる感情はそのせいにして、全部を君の唇に押しつけた。

 

 

 

…真梨side……

 

 

 

頭がどうにかなりそう。

最初は触れるだけのキスだったのに、唇がこじ開けられるように舌が入ってきて、絡み合う。初めての感覚に息ができなくて苦しくて、それでも離れたくなくて、私は龍我くんの制服をぎゅっと掴んだ。

「…ん…ぅ…」

顔の角度を変えながら繰り返すその隙間から、龍我くんの吐息がもれる。頭の芯から熱く溶けていきそうなほど深いキス。

やがてそっと唇を離し、目を合わせる。

見とれるくらいにかっこいい。

綺麗な目に見入っていると、

「…やめてよ」

眉をハの字に曲げて、困ったように私を見る。

泣き笑いみたいな表情がフッと真顔になって、腰に回された手にグッと力が入った。

「っ!」

この体勢……

「ね、龍我くん、」

くるしいよ、と言おうとしたら、彼は私の腰をさらに引きつけた。

「…そういうことでしょーが」

甘く湿ったような声で言うから、もう何も考えられなくなった。

龍我くんの手が私の胸元で結んだリボンに触れて……

「…なんてね」

その手が、急に下ろされた。

拍子抜けした頭に、急に現実が迫る。

…忘れてた。

ここは朝の学校で、もう少しで別れる時間が来るはずで。

龍我くんと私にこれ以上の関係は許されない。

わかりすぎるほどわかっていた。

それでも。

「あと5分はこうしてていい?」

そっと囁かれた声に頷くと、今度は包み込むように抱きしめられる。

何かがふっとほどけるような優しい感覚が、たまらなく心地よかった。

このとき初めて感じたの。

過ぎ行く時の短さを。

 

 

 

『ただいまより、東城高校文化祭を開催いたします』

午前9時。生徒会長のアナウンスで、文化祭がスタートした。

「真梨ー、一緒に回ろー!」

夏菜子と麗華に誘われて、3人で校内をまわる。

各クラスの出し物の他にも、女装コンテストとかカラオケバトルなんかもやっていて、面白いし楽しいと評判の文化祭。

お化け屋敷に行ってから、クレープを買って一度校庭に出ると、

「うわ、すごい…」

人が溢れていた。

テニスコート3面分の校庭は、夏菜子によると1面をテニス部の公開試合で使うらしい。残り2面のスペースに設置された舞台では、今まさにダンス部のパフォーマンスが始まるところで、人が集まっているという訳だ。一番人気のある部活だから、パイプ椅子だけでは足りず、立ち見も出ている。

「これ観たら、ちょうど交替の時間ね」

麗華が腕時計を確認する。

舞台袖からダンス部員が登場すると、悲鳴があがった。

「いくよー!」

センターの子の掛け声に、さらにヒートアップする校庭。

『盛り上がってるかー!』

4ヶ月前、初めて行った少クラ番協での龍我くんを思い出す。

今、何してるのかな。

アップテンポな洋楽に合わせて踊る部員たちを見ながら、そんなことを考えた。

気づけばいつの間にか、龍我くんのことばかり考えてしまっている。ふとしたときに思い出して照れくさくなるのは、やっぱり恋しているからなんだろう。

 

 

 

きっと、わかってたんだ。

もう少しで、終わりが来ることくらい。

甘えていただけなんだ。

こんな近くにいれば……

『いつか必ず』

アーモンド形の目が、まっすぐに私たちを見つめていたから。