ピの図書館

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【瞬 第5話 秘密③】

…真梨side……

 

 

 

毎回思うけれど、夢の国はどこまでも夢の国だ。

夏休みということもあり、人々でごった返すそこは、ディズニーランド。

ゲートを入る前から耳馴染みのある曲が流れ、どの人も幸せそうな笑みを浮かべている。

「着いたー!」

夏菜子が駆けだすと、すかさず松井くんが追いかけた。

「お前見えるぞ!?」

「は!? この変態!」

真っ白なミニスカを履いてるのもどうかと思うけど。

「あいつらバカか…」

私の隣を歩いている高野くんが呆れたように笑った。

「まぁ、いつものことだからね」

そう答えながら、私は自然な感じで後ろを振り返る。

「なに、気になんの?」

高野くんもチラッと振り返った。

「うまくいくかなって、ちょっと」

私たちの数歩後ろに、有沢くんと麗華が並んで歩いていた。普段からは想像できないボーイッシュな格好をした有沢くんと、お姫様チックな麗華が、まるで雑誌から出てきたカップルみたい…と思ってしまうのも、きっと"あのこと"のせいだろう。

 

 

 

昨日の話。

松井くんから、グループLINEの招待が来た。

高野くんと夏菜子と私の3人だけだったから不思議に思って開いてみると、

『アリーと麗華嬢をくっつけてしまおうの会』

それは気の抜けるようなグループ名だったけれど、あながち無視できないものだった。

あの噂はやっぱり、本当だったんだ。

内容は簡単に言えば、ディズニーランドで有沢くんが麗華に告白するかもしれないから、2人きりになれるタイミングを作らないかってこと。

『あいつ大人しめな奴だから俺らでうまいことアシストしようぜ〜』

最初はお節介にも思えたけれど、こういう密かなミッション系にワクワクするタイプの松井くんと夏菜子に、高野くんと私もいつの間にか盛り上がっていたという訳。

 

 

 

そして今も、夏菜子たちはずっと前に行ってしまったし(あの2人に限っては作戦とか関係なくさっきみたいなテンションだと思うけど)、高野くんと私も並んで歩いている。これは本当にトリプルデートっぽくなってしまった。

「ま、あの雰囲気で告らないことはないな」

黒いパンツをお洒落に着こなした高野くん。そのポケットに手を突っ込んで歩きながら、小声で耳打ちしてきた。

「うん、そうだね」

私も笑って答えた。

 

 

 

私は知らなかった。

誰しもが主人公になる世界。

夢の国の魔法が、思いもかけないところから降ってくるなんて……

 

 

 

…龍我side……

 

 

 

連日のサマステがひと段落つき、アメリカ行きの前にもらった久々のオフの日。

「ふぁ〜…眠……なっ!?」

枕元の時計を見たとたん、ベッドから転げ落ちた。

もう一度時計を見て、衝撃の事実とご対面。

「12時……」

寝坊した。

我ながらよっぽど疲れていたのか、もう完全に午後に差し掛かる時間だ。

のそのそと着替えて、やけに静かなリビングに下りる。

テーブルの上に、メモが置かれていた。

『ママと、かいものに、行ってきます。おにぃは、そうじとせんたく、やること!』

妹のまるっこい字が踊っていた。

これは完全に置いていかれたパターンである。弟はたぶん部活だし、父親は昨日から出張だし、今日は俺ひとりで家事をしろということだ。

っていってもなぁ…

冷蔵庫の作り置きをレンチンして食べていると、携帯が鳴った。大昇からだ。

『龍我今日ヒマ? 作ちゃんの紹介でいいカフェ見つけたんだけど行かない?』

一見女子みたいな内容だけど、心が踊った。

『行く行く!』

二つ返事で了解すると、すぐに待ち合わせ時間と場所を決める。

俺も出かけてやるかんな。

妹と母親に変な対抗心を燃やしながら、家事をたったか済ませ、家を出た。

 

 

 

最寄駅から電車に揺られること30分、例のカフェがあるという駅で降りた俺は、改札を出たところで携帯を開いた。

大昇と出かけるときは、いつも駅前で待ち合わせしている。

木の葉は森に隠せ。

その言葉通り、人が多いと案外目立たず、気づかれにくい。

それでも、相手が誰かわかるのが長年の仲だ。

「龍我おはよ」

「わっびっくりした。おはよう」

音もなく現れた大昇。彼にはよく背後をとられている気がする。忍びかよ。

「そのカフェどういう店なの?」

「なんか最近オープンしたばかりなんだって。作ちゃんの友達が作ちゃんに教えて、作ちゃんが俺に教えて、俺が龍我に教えて…ってなってる」

なんというか、噂ってこういう風に広まっていくんだろうな。SNSの力を借りなくてもあっという間だ。

「…あ、ここだ」

立ち止まって見上げると、薄いレモン色の外壁に"Galanthus"の文字。

「が、がら…がら」

「ガランサスだよ、龍我」

_カランカラン

大昇がスマートに言ってドアを開ける。あれでガランサスって読むんだ。

「いらっしゃいませー」

お昼時ということもあって、店内はそれなりに混雑している。

ショーウィンドウに並べられた色とりどりのスイーツを見た瞬間、お腹がきゅるると鳴った。

通された席でアイスティーとパンケーキを注文すると、ものの数分で運ばれてきた。

「うまそー。いただきます!」

見た目が味を左右するというけれど、まさにそう。冷たいアイスクリームとフルーツをパンケーキに乗せて口に運ぶと、ほろっと溶ける感覚が絶妙だ。

「ここ期間限定で隣のお店とのコラボグッズ売ってるみたい」

「へー、ニューオープンだからかな」

パンケーキを食べたあと、そのまま併設されている香りの専門店に立ち寄る。香水やアロマキャンドルが大多数を占めるなか、サシェの並びの狭いスペースに、気になるものを見つけた。

「ブックカバー?」

手に取った俺の後ろから、大昇が覗き込む。

顔を近づけると、すん、と優しい花の香りがした。

「これ買おうかな」

「え、龍我本読むの?」

「…読む」

即決でレジへ向かう。

大昇は不思議そうに見ていたけど、そんなの気にしない。

君への最初のプレゼントは、ブックカバーだった。

薄紫の小ぶりな花柄が、真梨にぴったりだと思ったから。

 

 

 

…真梨side……

 

 

 

楽しい時間は過ぎるのが早い。

ディズニーランドを知り尽くした夏菜子の先導で、人気アトラクションを次々おさえた私たち。最後にイッツアスモールワールドに乗って外へ出ると、辺りはもう真っ暗だった。そろそろ夜のパレードの時間だ。

そして…

「私、空いてるスペース探してくるー!」

夏菜子が至って自然なふうに、松井くんを連れて私たちから離れていく。すれ違い際「あとはよろしく」と頼まれたから、作戦開始だ。

ずばり、麗華と有沢くんを2人っきりにしちゃおう大作戦である。

これからしばらく、夏菜子たちは戻ってこない。空きスペースを探すと言っておきながら、人混みのなかで迷ってしまうのだ。結局パレードが始まってしまい、仕方ないから4人で見てくれないか…となる。

問題は、高野くんと私も、何かしらの理由をつけて麗華たちから離れなくてはいけないということなんだけど…

「…あぁ!」

さっきから自分のポケットを漁っていた高野くんが、珍しく大声をあげた。

「わ、何!?」

「ヤバい、定期落としたかも」

「えっ!」

その場に一気に緊張がはしる。

「ちゃんと探した?」

有沢くんが心配そうに訊いた。

「探したよ。けどない」

「遺失物センターに届けられてないかしら?」

麗華の冷静な一言で、高野くんは「あー、その手があるな!」と半ば大げさに頷き、超スマートに私の手を取った。

「ぅわ」

「わりぃ、こいつ借りてくわ。アリーと宮崎は2人で先にパレード観てて。すぐ戻るから」

「オッケー。了解」

事情を知らない2人の声が背後から聞こえたけれど、振り向く間もなくグイと引っ張られる。

「…待って、早いよー」

私の声は届いていないのか、高野くんは人波を縫ってどんどん歩いていく。引っ張る力が思いの外強くて、気を抜いたらよろけそうだ。

いつの間にか周りの人はまばらになっていた。比較的静かな場所で、高野くんはやっと立ち止まった。

「びっくりした…いきなり定期落としたなんて言うから。あれ、作戦だったんだね」

息を整えながらその背中に言うと、彼は振り向いた。

「まぁね。2人っきりになるには手っ取り早いでしょ?」

そのとき、灯りに照らされた顔がやけに白く見えて、私は一瞬言葉を飲み込んだ。

"なるには"? 今、"2人っきりになるには"って言った?

「…水瀬」

それは、全身に電気がはしるような、思いがけない衝撃だった。

「俺さ、好き、なんだけど。…お前のこと」