ピの図書館

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【瞬 第6話 疑念③】

…真梨side……

 

 

 

「えぇーっ! 断ったの!?」

「ちょっと、声が大きすぎ…」

昼休みの教室にこれはまずい。一瞬にしてクラスメートの視線が私たちに集まる。

「いつものことだよな」

夏菜子の隣でカツサンドにがっついている松井くんが、やれやれという感じで苦笑した。

「ってか初耳なんすけどー、蓮って水瀬が好きだったの」

「ん、そうだよ」

高野くんがクールに答える。彼の私に対する態度は、告白の前と変わらない。お陰で私たちの間に妙な気まずさはなく、友達として通常通り付き合っていけた。

「もーいっそ、付き合っちゃえばよかったのに」

夏菜子の一言が、少し胸に痛い。

「けどさ、なんで振ったのか理由聞きたいよな。こんなイケメン君をさ」

「いや、それは…」

「他に好きな人がいる、とか?」

小さい声が聞こえたので見ると、有沢くんが真顔で私を見ている。

「そうね。告白を断る大抵の理由はそれだわ」

向かいに座る麗華も、じっと私の顔を見つめる。怖いなー、このカップル。

「で、どうなのよ?」

「どうなのよって言われても…」

どうなのよって言われても、好きな人がいるのは事実だし、というかもう付き合っているし、いや、だけど相手が……目の前の夏菜子を見ると、申し訳なさと後ろめたさを感じて何も言えない。

「あー、こりゃいるな…」

その顔がふんふんと頷いた。

「いるのね」

「いるんだな」

「いるのか…」

「やっぱいるね」

「な、なによー。納得したように…」

慌てて取り繕うも、もう遅い。

「意外だな。水瀬が恋愛って」

「まぁ確かに。本が恋人みたいなもんだしね。その様子じゃ」

夏菜子がパンをくわえて、私の机の端に置かれた本を取り上げた。

「はーっ、むずっ! 何これ、"法医学論"…アンナチュラルのノベライズ?」

「お堅い法医学の本に決まってるでしょ。こら、食べながら読まない」

麗華がしらっとした目つきで注意する。

「読めないよ意味わかんないもん。…てか、あー、あたしもリアルに恋したいなぁ!」

「佐藤龍我ファンでいる限り無理だろ。理想クソ高そう」

「高くて何が悪いんですかー? 顔面偏差値低い奴に言われたくありませーん!」

「はぁ!? お前今なんつった?」

「ちょっとー、2人ともやめなよ」

いつもの口げんかに苦笑しつつ、私は心の奥で焦りを感じていた。

いつまでも隠し通すことはできない。龍我くんとの関係は。

いずれ、話さなくてはならないときがくるのだろう。

夏菜子のことを思うとつらかった。入所したての頃からファンで、私よりはずっと"美 少年"を、アイドル佐藤龍我を知っていて…

複雑な気持ちを抱えたまま、私は夏菜子に接していた。

打ち明けたくない。

どこかで期待していたからかもしれなかった。

この関係が、まだ続くんじゃないか…続けられるんじゃないかって。

 

 

 

…龍我side……

 

 

 

最近、違和感を感じる。

授業を受けている間中ずっと、背後から視線を感じる。窓際の一番後ろの席なのに。

誰もいないのにそう感じるのは、強迫感情の一種なのだと聞いたことがある。ストーカー被害者に多い症状だと。

俺は溜息をついた。

原因はなんとなくわかっていた。

『付き合ってる人っている?』

金指からそう訊かれたとき、比喩でなく、本当に頭から血の気が引いた。

あいつ、気づいてるのか?

前の席に座っている背中を見つめても、彼の考えていることはわからない。いや、面と向かい合ってもきっとわからない。金指一世とはそういう人だ。

「それじゃあ連絡」

6時間目。珍しく全員揃った教室で、LHRが始まった。

「今週末、文化祭がある」

担任の言葉に、クラスがどよめく。

そういえば、もうそんな季節だ。トレイトコース生徒は文化祭を"作る"立場にないので、いまいち実感が湧かない。

「それで、いくつか注意事項がある。文化祭中は全生徒どうしの交流が可能だが、異性どうしの交流は避けるように。それから、異装する人は異装届を提出すること。なお、サングラスとマスクの異装は校風に影響するので禁止」

ようは、"お忍び"みたいなものだから、バレないように最大限の努力をしろということだ。

ちなみに文化祭で一般公開されるのは一般コース校舎のみで、トレイトコース校舎は通行禁止になっている。またチケット制であり、外部の人間は生徒からの招待がないと校内にすら入れないという徹底ぶりだ。

「おい」

前の席の背中をつっつく。

「…ん?」

金指がゆるゆると振り向いた。アーモンド形の目がとろんとしている。どうやら寝ていたらしい。授業中に寝て気づかれないとか…空気に溶け込む術はお手の物のようだ。

「文化祭、行く?」

「行く」

それだけ答えると、金指はまた前を向いた。寝に戻るの早いな。

その動かない頭を見て、ふと、こいつなら女子と付き合うなんてことしないんだろうな、と思った。

 

 

 

…金指side……

 

 

 

机に顔を伏せて、俺はずっと同じことを考えていた。

"あの件"について訊いたことで、龍我が気にし出しているのはわかった。ときどき探るような目で見てくるから。

けれど、無表情を装うのは俺の得意分野だ。計算高さなら負けない自信がある。

その計算と、元来の勘の良さを使って俺は考える。

龍我が付き合うとしたら誰か。

橘さんは、"見知らぬ女の子"と言っていた。つまり一般コースの生徒というわけだ。

"東城の壁"に隔てられた2つのコースが交わるのは生徒会のみで、龍我は生徒会の人間ではない。

校内での一種のすれ違いだけで恋に落ちるとは思えない。惚れっぽい性格ではないし。

だとしたらどこで出会ったのか。

『俺、恋愛を始めるには何かしらのきっかけが必ずあると思うんですよね』

以前、雑誌のインタビューで彼はそう答えていた。

きっかけ。

人を好きになる機会が、そのタイミングが、ある日龍我に訪れたということか。

自然的なすれ違いじゃなくて、用意された"出会い"があったとしたら。

例えば、番組収録で出会う人々…

事前に、いずれ出会うと予測できていて、…出会った人物。

「…金指、いい加減起きろよ」

「ん、」

背後から肩を叩かれる。振り向いて龍我と目が合ったとたん、唐突に頭のなかに浮かんだ。1学期の期末テスト優秀者の紙と…"その人"の名が。

「文化祭の注意事項のプリント読み通すってさ」

そう言う龍我の顔を直視する。

「いくら眠いからって授業中に寝るのはよくな…」

「龍我」

「ん?」

彼は片方の眉を上げて首を傾げた。

その仕草に、俺は問いかけたかった。

水瀬真梨…彼女なのかって。

彼女と、付き合ってるのかって。

「…ごめん、ありがと」

俺は起き上がる。

その名前を口にしていいものか、迷った。

このまま何も訊かずにいられれば、どんなに良かったかと思う。けれど俺は、微妙な距離感を意識しながら彼に接することが、高校の同級生でもあり事務所の同期でもある彼にそう接することのほうが、苦痛でならなかった。

それに…その名前を出さなければ、龍我はきっと彼女の存在を認めない。

嘘は、つかないでほしい。

表情の探り合いはやめて。

…本当のことを、話してほしい。

 

 

 

…龍我side……

 

 

 

秘密というのは…

隠そうとすればするほど、守ろうとすればするほど、生まれた疑念を大きくしていく。手のひらから水が落ちていくように。

なぜだろう。自分の気持ちとは正反対にそれは働く。

抱え込んだものが、大きすぎたんだ、きっと。

まだ暑さの残る校舎裏で、

「あのさ、龍我…」

金指はその顔を俺に向けた。

「水瀬…真梨さん」

あまりにもまっすぐなその目は、嘘をつくことを許さなかった。

「付き合ってるでしょ? 水瀬さんと」