ピの図書館

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【瞬 第5話 秘密②】

…龍我side……

 

 

 

「えっ、嘘!?」

廊下に貼り出された紙の前で、俺は目を丸くした。

1学期期末テストの成績上位30名が載っているのだが、なんと25位に俺の名前があったのだ。確かに真梨に教えてもらったところばかりが出て、今までになく自信があったけど……『この問題解いたことある!』ってリアルにチャレンジの漫画みたいなことが起こってたけど……

「マジか、マジかぁぁぁ!」

「龍我、大躍進じゃん」

隣に立つ金指も、自分のことのように喜んでくれた。

横にずらっと並ぶ名前をどんどん見ていく。俺以外知らない名前ばかり。一般コースの生徒だ。けれどそんななか、

「…いた」

金指が指差した先、"5位、金指一世"。これは毎回のことだから驚かない。ちなみに2位は神木彗。アイツいつ勉強してんだよ。

そして1位に目を滑らせたとき、一瞬思考が止まった。

「1位はやっぱ一般コースだねー」

金指が呑気に呟く。

覚えてないんだろうか、一度訪れた家を。

"1位、水瀬真梨"。

「…マジかよ」

思わず漏らした一言で、金指もやっと気づいたようだ。

「あれ、この子もしかして水瀬さんの妹?」

「たぶんな」

ほぼ確実、というか絶対そうだ。

一緒に勉強したとき、ノートにやたらマルが多かったのも、教え方がうまいのも、納得できる。

頭、相当良かったんだな。

俺はまたひとつ、真梨を知った。

 

 

 

トレイトコースでは、成績に一喜一憂する生徒が少ないと思われがちだ。芸能活動に専念するため、大学進学を目指さない生徒が多いからだろう。しかし、それは否である。

期末テストの返却と成績優秀者の発表と共に、終業式の日でもある今日。

全校生徒が集まった体育館で、校長の訓示がそれを表していた。

「一般コース、トレイトコース共々、成績に1が付いた生徒、また出席日数が極端に足りない生徒は、夏休み期間中に指名補習を行います」

どこからともなく聞こえる溜息。

特にトレイトコースは、後者の理由で3分の2が補習に参加することになり、落胆は大きい。けれどそれだけではモチベーションが上がらないから、トレイトコースにのみ適用される免除制度がある。

「ただし、トレイトコースのみ、成績が5の生徒は出席日数が足りなくても補習に参加しなくて良いものとします」

これで、オール5の神木が「よっしゃ」と小さく声をあげた。この免除制度で抜けるのは珍しく、やはり神木は天才なんだと思い知るしかない。

金指と俺は、補習決定。

去年に引き続き、忙しい夏休みがやってきた。

 

 

 

…真梨side……

 

 

 

夏休み初日は、どんよりとした曇り空だった。今にも泣き出しそうな重たい雲が留まっている。天気予報では、お天気お姉さんが「1日すっきりしないでしょう」と淡々と言っていた。

午前中、大量に出された宿題をこなしていると、リビングがにわかに騒がしくなった。

『Baby Baby 夏色の恋人〜』

聞き覚えのある声が耳についた。おおかた、沙耶が少クラの録画でも再生しているんだろう。

自分もリビングに下りて一緒に観る気にはなれなかった。

龍我くんのことは好きだ。大好きだけれど、また現実の彼と夢のなかの彼がこんがらがってしまう気がする。

ファン…ではない、私は。

自分から"美 少年"の曲を聴こうとは思わなかったし、他のメンバーについても深くは知らない。龍我くんが仕事の話をしたのはあの一度きり…付き合う前、書庫で涙ぐみながら話してくれた、あの一度だけだった。それが余計に、彼を錯覚させた。

この世に彼が2人いるんじゃないか。私と付き合っているのは、アイドル佐藤龍我と顔のよく似た別人なんじゃないかって、何度も錯覚した。

私は、幼かった。初めはこの恋を受け止めきれず、理解できないでいたのだ。

私の恋は、佐藤龍我というひとりの人間に、まっすぐ向き合うことから始まった。

そうやって、"2人でいること"に慣れていこうと決めた。

 

 

 

夏休み期間中も、図書当番のある日は登校しなくてはならない。毎週土曜日、それは変わらず。

私の気分が上がっているのは、今が補習期間中だということだ。つまり…

『一緒に帰ろう』

カウンターで仕事をしながら、昨夜きたLINEを思い返していた。

 

 

 

午後、補習の時間がとっくに過ぎた頃、私の仕事はやっと終わった。人けのない図書館で、サキ先生が帰ってしまうと、私はひとり。

書庫のドアを開けた。埃っぽい古本の匂いのなか、テーブルに突っ伏した龍我くんがいた。

寝てる…?

近づいて肩を揺らしても、彼は目覚めなかった。

最終下校までは時間があるし、まだ寝かせておいてあげようか。

隣に座って文庫本を開く。時計の秒針の音と、一定のリズムで聞こえてくる寝息。

疲れているよね…きっと。

ファンのために日夜アイドルの仕事に励み、自分のために高校の勉強もこなす。それなりの地位を得ても努力し続ける彼を、私は尊敬していた。

でもね、夢のなかでは、肩の力抜いていいんだよ。

そっと背中をなでると、彼は「うぅん…」と微かに身じろいだ。

「…ありがとう」

くぐもった声にハッとして手を止める。龍我くんは突っ伏したまま、もっとなでてというように首を小さく振った。

「…うん、わかった」

手のひらから体温が伝わる。

安心したように再び眠りに落ちる龍我くんの背中を、私はさすり続けていた。

 

 

 

…龍我side……

 

 

 

君をみた。

夢うつつ、そのはっきりしない境目で、背中をさすってくれる手は温かく、優しかった。

このまま時が止まればいいのに。

そうしたら、真梨はずっと傍にいてくれる。

甘い考えがよぎった頭を覚ますように、「龍我くん」と呼ぶ声が聞こえた。

徐々に意識が取り戻される。

「やっと起きた…もうすぐ最終下校だよ」

背中に置かれていた手が下ろされて、彼女は立ち上がった。

もうそんな時間か…夢の終わりは切ない。

あ、そうだ。

「…ご褒美」

俺が漏らした一言に、真梨は振り向く。その腕を掴んでまたイスに座らせて、「ご褒美は?」と訊くと、バツが悪そうに目を逸らした。

「ごめん、忘れてた…」

「えー…25位とったんですけど。めっちゃ頑張ったんですけどぉ」

「あぁ、じゃあ…」

真梨が顔を近づける。フローラルな香りに、胸の奥が騒ぎだす。

「…していい?」

聞き取れないくらい小さな声で、彼女は言った。

「え?」

本当は聞こえていたのに、間抜けな俺は訊き返す。

「…だから、その……」

「なに? ちゃんと言って」

顔を真っ赤に染めて下を向いた真梨の顎を持ち上げると、なぜか泣きそうな表情で見つめてきたから、本当はもうちょっといじめたいけど、

「…決まってるでしょ」

我慢できないのは俺のほうで、結局自分のほうから君にキスしてしまうんだ。

しばらくして離すと、真梨のびっくりした顔がある。

「どうしたの?」

真梨は小さく首を横に振り、ふわっと顔をほころばせた。

「龍我くん、王子様みたいだね」

「え?」

その褒め言葉は満更でもない。

「でも、これじゃ私からのご褒美になってないけど…」

「いいの。可愛いんだから、俺からしたくなっちゃったの」

そう答えると、真梨は恥ずかしそうに、ふふ、と笑った。

「…ありがと」

 

 

 

学校を出たとき、夜空を見上げて私たちは小さく歓声をあげた。

「おぉ、でっけぇ」

「ほんとだ。おっきいね」

綺麗な満月が浮かんでいる。

「今朝の天気予報で、今夜はスーパームーンだって言ってたよ」

「マジか。それ真梨と見れんの最高だなぁ」

月明かりに照らされた夜道を歩く時間…

それは夢から覚めた夢だった。その続きに過ぎなかった。

満月はいつか欠ける。

揺るがない事実に気づくまで、時間はそう長くは許してくれなかった。